◾︎Sさん 女性 イメージングで作家デビュー 単行本20冊を出版。

私は国語の教師をしていますが、子供の頃から「小説家になりたい」という夢を持っていました。ただ、そのための訓練とか勉強とかは何ひとつせず、ただ漠然と憧れていただけでした。

そして、結婚し、子供が生まれ、離婚して女手ひとつで子供を育てることになり…毎日の生活に追われて、そんな夢も忘れてしまいました。しかし、あることをきっかけにこの夢が実現します。

息子の一言で、子供の頃の夢を思い出す。

その子供が中学生になったとき、「学校の図書館に読む本がない」と言い出しました。読みつくしたのではなく、ぴんとくるものがない、ということです。

そこで私は「キミの好きなように書いてあげるよ」と、最初は面白半分で、少年向けの冒険物語を書き始めました。「続きは?」と催促されて、毎日数枚ずつ、1ヶ月で300枚近い長編が完成。

読者がわが子1人というのも惜しくて、公募ガイドという本で調べたところ、ちょうど枚数も対象読者もぴったりな賞があったので、そこへ送りました。

イメージングをしたら出版社から電話。

素人が生まれて初めて書いた小説です。
期待するだけムダ、と思っていました。

でも、子供のスポーツクラブの指導者が「うまくいったときのイメージを描くのが大切」とおっしゃっていたのを思い出し、やってみることにしました。

つまり、頭の中で、私の小説が下読みをくぐりぬけ、編集者たちに評価され、最終選考に残っていく…と想像したのです。

最後に、家に電話がかかってきて、「あなたの作品が最終選考候補作になっています」と告げられるところまで、なるべくリアルに、繰り返し繰り返しなぞりました。

 

そうしたら、本当に、出版社から電話がかかってきたのです!

天にも昇る心地でしたが、ここで私は、ある失敗をしたことに気づきました。「受賞の電話」ではなく、「最終選考の電話」をイメージしてしまったのです。

それは、謙遜というか遠慮というか、そこまで望むのは欲張りすぎだ、というブレーキが、潜在意識にかかったのだと思います。

最終選考の日、言われたとおり、電話の前でじっと待ちましたが、結果は「残念ながら…」というものでした。

後ほど、詳しい選考結果が送られてきましたが、私が最も「読んでほしい」と思った審査員の作家は、私の作品をまったく評価していませんでした。

 

 

◾︎翌年に再度応募。ついに入選する。

そのことが悔しく、このまま終わりたくなくて、私は再挑戦を決意しました。同じ賞に翌年、まったく別の物語を投稿したのです。

今度は必勝を期して、「受賞しました」の電話でイメージしたのは、言うまでもありません。

選考の日、私は仕事を早退して、電話の前で、相手が言うはずの言葉を繰り返し耳の奥に響かせていました。

 

そして、ついに来ました!

「おめでとうございます。佳作に入選なさいました」

最優秀賞は該当作なし、次が優秀賞で、私はその次です。でも、前回は私の作品に言及しなかった作家さんが、今度は最高点をつけてくださっていました。こんな嬉しいことはありません。

次のステージへ踏み出す。単行本20冊を出版。

私のイメージが「その先」を描ききれていなかったせいなのか、受賞はしたものの作家デビューは叶いませんでした。

しかし、この賞で自信をつけ、他の出版社にも小説を投稿し、そのうちの1社から、定期的に雑誌の仕事を貰うようになりました。

やがて、雑誌掲載作をもとに、単行本も出していただきました。今では著書が20冊を超えています。

 

原稿料や印税の副収入は、母子家庭から子供を大学へやる上で、とても助けになりました。あのとき、小説を書こうとしなかったら。

イメージを描くことで、受賞という結果を引き寄せることができていなかったら。子供の望む進路を保障してやれなかったかもしれません。

今振り返ると、子供が私に「面白い本が無い」と愚痴ったときから、この運が始まっていたのでは?だとすると、子供自身が自らの運を引き寄せたのかもしれません。

 

Sさん素晴らしい体験談をお寄せ頂き、ありがとうございます。
イメージングによって、見事に受賞を引き寄せたのですね。
素晴らしい体験談なので、多くの人を勇気付けるはずです。
(管理人より)